Heading Southは、ありたい自分に向かってチャレンジするひとに寄り添い、応援したいとの思いを軸に活動をしています。
自分らしさを大切に、強く美しくしなやかにチャレンジする人々の気持ちを後押しし、そんな素敵なひとが増えることを願ってお届けする「HSインタビュー」の第15回のゲストは、佐藤 留美さんです。
HSインタビュー vol.15−1: 佐藤 留美さん(JobPicks編集長・NewsPicks副編集長)「本気で仕事を楽しめる人を増やしたい(前編)」
第15回目のゲストは、佐藤 留美さん
NewsPicks拡大の立役者のひとり
佐藤さんは、ビジネスパーソンのためのソーシャル経済メディアNewsPicks(ニューズピックス)の副編集長。日本では、日本経済新聞をはじめ、古くからの媒体が経済メディアの中核をなすなか、NewsPicksは、”もっと自由な経済誌を”をスローガンに2013年にスタートし、その後、急成長した新興の経済メディアです。
立ち上げ当初は、さまざまな経済メディアの記事が読めるキュレーション(まとめ)サイトだったところから、2014年、独自コンテンツの立ち上げのために編集部が設立され、佐藤さんはその立ち上げメンバーとして参画されました。
当時、500人程度だった有料会員を現在の17万人規模にまで拡大するのに貢献された立役者のおひとりでもあります。
2020年、自身の起案でキャリアメディアを新規立ち上げ
そんな佐藤さんは、昨年、ご自身の起案で新しいキャリアメディアJobPicks(ジョブピックス)を立ち上げられ、現在は同メディアの編集長も兼任されています。
JobPicksは、「みんなでつくる仕事図鑑」がコンセプト。世の中には多種多様な職業がありますが、一般的には知られていない職業も多くあれば、実際に携わった人でなければ実態を知り得ない職業も多くあります。
あなたは、本気で仕事を楽しめていますか?
今、本当に仕事を楽しめている人は、日本にどの程度いるのでしょうか。
佐藤さんは、若い頃から、雇用、キャリア、労働、組織論など、仕事にまつわる領域の専門記者として、働くことの実態に向き合ってきました。その中で、新卒時は、目をキラキラと輝かせていた新社会人が、時間の経過とともに活力を失っていく姿を目の当たりにし、それが、働く人と、職業や企業文化とのアンマッチ(不適合)によって起きているのではないかと考え始められたそうです。
JobPicksは、実際にその職業に携わった経験者の投稿によって内容が構成され、体験談はもちろんのこと、その職業の将来性や平均収入、その職業に携わるために必要なスキルやキャリアパスなどが職業別に閲覧できるサイトです。
働く人に働く喜び、達成感を感じて欲しい
佐藤さんがJobPicksを立ち上げられたのは、職業毎のリアルな情報を知ることで、アンマッチが解消され、働く人が没頭できるくらい好きな仕事に出逢い、働くことの喜びや達成感を感じて欲しいとの強い思いがありました。
また、その思いは、幼少期から記者や編集の仕事を志していたにもかかわらず、学生結婚により就活がままならず一時的に道が閉ざされてしまったこと、そして、やりたいことをやるために専業主婦から道を切り拓いてきた彼女自身の経験と深くリンクしていました。
「働く人に働く喜びや達成感を感じて欲しい」
そんな愛情たっぷり佐藤さんのお話を、是非お楽しみいただけましたら幸いです。
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廣田: 本日は貴重な機会をありがとうございます!
以前から佐藤さんの記事が面白くて好きだったのですが、JobPicksを立ち上げられた思いを拝見する機会があり、深く共感しました。私自身がありたい自分に向かってチャレンジする人を応援したいのも、パッション(情熱)を持ってやりたいことに挑戦する人がもっと増えて欲しいとの思いがあるので、今日はお話をお伺いできてとても嬉しく思っています。
今回のインタビューに先立ち、佐藤さんのご経歴を拝見したのですが、学生結婚をされて、専業主婦からプロのライターさんになられたと知って、大変驚きました。私はてっきり、どちらかの出版社に長く勤められた方だと思ってましたので……。
学生結婚で就活のタイミングを逃してしまう
佐藤さん: そうなんです。実は学生結婚して、就活のタイミングを逃してしまったんですよ。無知にも、就活時期を逃すと就職が難しくなるとは知らなかったんです。
廣田: そうだったのですね!?もともと記者や編集のお仕事には興味がおありだったのですか?
佐藤さん: はい。幼少期から書くのも読むのもすごく好きで。運動ができなかったこともあるんですけど(笑)、中学・高校は新聞部でした。大学時代も新聞社でアルバイトをしていたくらい、将来は出版社か新聞社へ就職しようと早くから決めていたんです。
ところが、アルバイト先で出逢った現在の夫が転勤となるタイミングで結婚することになりまして……。
気づくと、就活の時期が過ぎていました。就活時期を逃しても再チャレンジできるだろうと高を括っていたので、現実を知って「これは大変だ……」と思いましたね。
佐藤さんはグレーのワンピースに008 Lilla di Firenze(フィッシャーズピンク)を、廣田は004 Rosso di Kermes(レッド)を合わせています
廣田: えー、将来やりたいことがそんなに小さな頃から固まっていたのに、就職のチャンスを逃してしまわれたのですね……。
でも、結果的には、ご自身のやりたいお仕事を見事に掴み取られたということですよね!
編集の仕事に近づくためグラフィックの学校へ
佐藤さん: そうなんです。結果オーライだったんです(笑)。
ただ、そこまで辿り着くのは結構大変でしたね。
まずは、その世界の仕事に何とか近づきたいと思って、グラフィックデザインを身につけようと思いました。グラフィックのスキルがあれば、編集に潜り込めると思ったんですよ。
専業主婦から一念発起して、当時出始めのマッキントッシュ(パソコン)と、イラストレーターやフォトショップなどのグラフィックデザインや画像の加工をするためのソフトウェアを買ってもらって、スクールに通いました。
今は、パソコンも安くなりましたし、イラストレーターやフォトショップなどのソフトウェアは毎月数千円払えばサブスクで利用できますが、当時は、パソコンで40万円、ソフトウェアが25万円ずつ、スクールに通うのに30万円とか、総額100万円以上掛かって。ものすごく高かったんですよ。
無事入社も仕事が合わずクビになりかける
佐藤さん: しかも、せっかく投資したのに、私、全然向いてなかったんです(笑)。
スクール卒業後に、「グラフィックデザインできます」と履歴書に書いて、今は潰れてしまった小さな出版社に何とか入社したんですけど、全く使い物にならなくて!
結局、クビを宣告されてしまうのですが、辞める前日にその会社の編集長とたまたま飲みに行ったんです。その際に、編集への熱い思いを語ったところ、「この人、話が面白いから、編集局で引き取ります」って言ってくれて。
命拾いしたんですよ(笑)。
武者修行のおかげで編集の仕事を掴み取る
佐藤さん: その会社が潰れるまでの1年くらいの間、編集局で武者修行させてもらえたんですね。そのおかげで、次の転職先となるキャリアデザインセンターでは、「経験者」として入社し、無事、編集の仕事にありつけたんです。
廣田: すごい!綱渡りながらも、着実にやりたい方へ進んでますね(笑)!
佐藤さん: そうなんです(笑)。キャリアデザインセンターは、今では就職サイトが主力のサービスとなりましたが、当時は、type(タイプ)というキャリア情報誌を展開していました。ちょうど、今でいうNewsPicksのような、意識高めの人がターゲットの情報誌で、そこの編集の仕事でした。
この仕事は向いていたんですよ!
typeは「人材流動化の時代がくる」という潮流をいち早く感じ取って、終身雇用以外の形を見せようというのが根底にあったんですね。
廣田: なんと。時代を考えると、とても先鋭的ですね!
佐藤さん: はい。転職したタイミングが90年代後半の時期で、ちょうどこの頃は、外資系金融や外資系コンサルのブームがあって、取材に行きまくったんです。CFO(最高財務責任者)という職種が出始めて、そういう企画をいち早く取り入れたり……。
廣田: たまたまですが、私が外資系金融機関に就職した時期と重なるので、そんな時代感だったことを覚えています。
それにしても、当時は20代の半ばから後半くらいですよね?お若いのに、当時から社会的な時代の流れを感じ取られた記事を書かれていたんですね!
「靴を買うと一番気分がアガるんですよね!」と佐藤さん。好きなものが似ていて、お話が大いに盛り上がりました!
廣田: それにしても、編集の仕事を正社員として無事掴んだのに、その後フリーランスとして独立される道を選ばれるんですね?
フリーランス転向へのきっかけをくれた恩人との出逢い
佐藤さん: そうなんです。あるとき、「平均従業員年齢28歳の会社に就職するべし」という内容の記事を書いたら、それを読んだ朝日新聞の方が興味を持ってくれて「何で28歳なんですか?」という問い合わせをくださったんですね。しかも、その記事を媒体で紹介してくれたんです。
さらに、暫くして、その方が週刊朝日へ異動されることになったときに、「週刊朝日で記事を書いてみませんか?」とお声掛けをいただいて……。
それをきっかけに、フリーランスのライターとして、週刊朝日のオフィスへちょこちょこ通うようになったのですが、本当にありがたいことに、その方は、正社員でもない私に手取り足取り、ジャーナリズムの基本を教えてくれたんです。
加えて、週刊東洋経済、週刊ポスト、週刊SPA!など、名だたる週刊誌の編集関係者まで紹介してくださったんですね。
今に繋がる方とのご縁も
佐藤さん: その中には、後にNewsPicks編集部立ち上げ時にお誘いいただいた初代NewsPicks編集長の佐々木紀彦さんや、同2代目編集長の金泉俊輔さんなどとの出逢いもありました。
当時はお互いに20代後半でしたが、おかげさまで長い付き合いになりました。
また、お仕事の幅も広がり始めて、単行本のブックライター、いわゆるゴーストライターの仕事が来るようになって。これはすごいやりましたね。
廣田: その恩人の方のおかげもあって、仕事も出逢いもどんどん増えていかれたのですね!
では、当時は、キャリアデザインセンターに正社員として働きながら副業でライターをされていた感じですね?
佐藤さん: はい。正直、当時は副業がオッケーとか、そういうルールもなくって(笑)。
記者や編集者は出社義務もなく取材などで外出していることが大半だったので、仕事を引き受けられちゃったんですね。そして、書き始めると、ありがたいことに成績が良くって、お仕事が増えて行ったんです。
廣田: わぁー、素晴らしいですね!そこから完全にフリーランスとして独立されたのは、何かきっかけがあったのですか?
副業収入が本業収入を超え始める
佐藤さん: いよいよ副業収入が本業収入を超え始めたんです。身体的にも両方こなすことにしんどさを感じ始めて、独立しようと決めました。ちょうど30歳のときでした。そこから、40歳までは完全にフリーランスとして働きましたね。
普段もグレーのお召し物が多い佐藤さん。グレーに合うカラーを色々とお試しいただきました
廣田: うわぁ、副業収入が本業を超えるとは、かなりすごいですね!フリーランス時代はどんな働き方をされていたんですか?
佐藤さん: 体力もあったので、結構書きましたね。毎日締め切りの記事があったんですけど、それに加えて、月1冊くらいのペースで、様々な著名人の単行本のブックライターの仕事をやってました。それなりに発行部数の出るものが多かったから、結構稼げましたね(笑)。
廣田: そんなに書くんですか!?ちなみに、そのペースはどのくらい続いたんですか?
佐藤さん: 10年ずっとですね。今考えると、よく身体が持ったなと思うほど、30代は頑張りましたね。
廣田: えぇー、10年もそんなペースでお仕事されていたんですか!超売れっ子ですよね?
営業せずとも執筆依頼が途切れなかった
佐藤さん: 売れっ子かどうかは分からないですけれども、営業は一度もしたことなかったですね。
ただ、断るのが嫌いなのと性格が面白がりなんですよ。依頼をいただくと、「あら、それ面白い!」ってついつい言っちゃうんです(笑)。そうすると、相手の方も嬉しがるから、全て受けちゃう。
最初は、ジャンルも、それこそエロから株まで全部受けてたんですよ(笑)。でも、面白いもので、やっていくうちに、労働、雇用、組織論などに自然と執筆依頼が絞られていったんです。
無理にやりたいことを選ばなくても、人が選んでくれることが専門性になるんだと気付かされましたね。
廣田: なるほどなぁ、とても興味深いお話ですね!
それにしても、フリーランスで生計を立てるのが大変な方が大勢いらっしゃる中で、こんなにも引き合いがあるのは本当に素晴らしいことだと思います。
佐藤さんは、ご自身を客観的に分析して、どの辺が優れているとお考えになりますか?
時代の潮流の変化を読むのが得意
佐藤さん: うーん、視点かなぁ……。時代の潮流の変化を捉えるのが好きだし、得意なんだと思います。でも、結構、ハズすこともありますよ(笑)。
例えば、最近NewsPicksでバーンアウト(燃え尽き症候群)の特集を組んだんですね。働くことへの価値観に対する潮目が変わってきていますが、そんな中で、みんな疲れていて、昔ほど「成長性」というメッセージが届かなくなってるなぁと感じていたんです。だから、みんなの疲れにフォーカスして特集を組んだんですよね。
廣田: なるほど。私もその記事、面白く読ませていただきました!
お話の端々から、佐藤さんの包容力の高さを感じました!
廣田: そして、10年間のフリーランスを経て、2014年にNewsPicks編集部の立ち上げに参画されるんですね?
NewsPicks編集部立ち上げに参画
佐藤さん: そうですね。NewsPicks自体は既に立ち上がってはいたものの、オリジナルの読み物はなかったんです。ちょうどNewsPicksの初代編集長に就任した佐々木紀彦さんから、編集部の立ち上げを一緒にやろうとお声掛けいただいて。
佐々木さんは東洋経済オンラインをビジネス系サイトのナンバーワンに導いた実績もある才能のある方。一緒に面白いことができそうだったし、経済メディアをもっと自由にしたいという会社のビジョンに心惹かれたというのもありましたね。
ただ、立ち上げ時は本当に大変で。お給料はフリーランスのときよりもガッツリ落ちる一方で、ライターが私と編集長しかいないから、2週おきに交互に特集記事を作り続けるしかなくて、地獄か!と思うくらい大変でした(笑)。
でも、何もないところから作っていく作業は、楽しかったですけれどもね。
廣田: 本当にゼロから創り上げられてきたんですね!
10年フリーランスとしてご活躍されて、再び雇用されるお立場に戻られてみて如何でしたか?
久しぶりの組織。しがらみを楽しむ
佐藤さん: 組織って面白いなって思いましたね。40歳でもう一度組織に戻って、人はこういうことで心が離れたり、日頃の3、4倍の力が出たりするんだなと、チームワークの面白さを感じましたね。
また、2016年には、別の雑誌社から転職してきてくれた仲間も増えて、自分の得意分野と彼らの得意分野の合わせ技ができるようになったり、お互いの悩みを共有して、解決したり……。組織って楽しいなって。
しがらみはあるんだけれども、そのしがらんでいる感じが面白いなと思えたと言うか。
廣田: なるほどなぁ。組織から長く離れていたことで、組織のちょっと面倒くさい部分も含めて、楽しむことができたんですね!
(後編に続く)